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Summertime in Busan

パッモゴッソヨ? 

釜山とは韓国の南東部にある都市で、九州の福岡からほど近い。国内第二の都市であること、人々がユーモアを愛することから大阪と似ていると言われることが多い。私は2015年に個展を開く機会に恵まれ初めて釜山を訪れた。桜の季節で、静かな海を眺めて、新鮮な海鮮を食べ、同じ時間を共有した人々が親戚のように感じられた。(家族というべきかもしれないが、家族とは複雑な別問題で、拙作『氷見』を参照されたい。)なんと素晴らしい場所が地球上のこんな近くにあったのだろうか。また訪れたい、そしてゆっくり写真を撮りたいと思った。

 

日々は何かと慌ただしく過ぎていくものだが私は釜山のことを忘れなかった。横浜のBankARTが釜山を含む世界の都市へアーティストをおくるレジデンスプログラムを行っており、続・朝鮮通信使という韓国を訪ねるプロジェクトも行っていた。それらの活動の一環で2017年の夏に3ヶ月間、私は釜山で滞在制作をできることになった。私が滞在したホンティアートセンターは海の近くにあり、朝は海辺を散歩し、日中は明るく広いスタジオでお気に入りの写真集を眺め、梅雨寒の夜は部屋のオンドル(床暖房)をつけて読書した。人生の夏休みのような日々だった。写真に疲れて、写真で休む。写真がパートナーになって短くはない時間が過ぎたが、おかげさまでなにかと忙しい日々だった。

 

すこしばかりは韓国語の勉強もした。韓国語に「パッモゴッソヨ?」という挨拶がある。意味するところは「お元気?」という程度のくだけたものだが「ごはん(パッ)食べ(モグ)た?」というのが直接の意味である。日本であれば天候の話などするところだが、韓国では「ごはん」、それが最重要事項なのである。最近若い世代ではあまり使われない言い方だとも聞いたが、釜山にいると英語で話していても日本語を介していても、年上の人も年下の人も、人々は私の顔を見ると必ず「ごはん食べた?」「何食べた?」「どこで食べた?」と声をかけてくれた。食が大事と言えば楽しげにも聞こえるが、物資が不足し食べ物を分けあっていた時代の名残なのだろうかと思うと感慨深い。

 

釜山の中心市街に光復路というショッピングストリートがある。通りには世界中の主要都市と同様に世界的ブランドの店が立ち並んでいるが、さて光復とは日本から解放され光を取り戻したという意で8月15日は光復節という祝日である。私はその日、すこし緊張して光復路を訪れた。通りを歩けば人々は単純に休日を楽しんでいるようだった。このエリアは露天商、特に食べ物の屋台が多く、いつもどおり、売る人、買う人、食べる人で賑わっていた。日本からの観光客の声も多く聞こえた。ちょっと涼みにスターバックスに入ると若い女性のグループが夢中でセルフィーを撮りSNSにアップしている。なんと豊かで穏やかな現代の釜山であることか。それはメディアやネットにやたらと現れる風景とは異なっていた。それでも街を歩いているとふと釜山の受難と混乱の歴史、その中で生きた人々のことが想われる場所がそこここにあり、ふとこみあげてくるもので眼前の日常風景が文字通り光り輝くものに見えてきた。

 

釜山は魅力の多い街でまだ写真に収めきれてはいない。今度滞在するなら秋はどうだろうかと考えている。短い滞在をしたチェジュ島も素晴らしく、ゆっくりその風土を確認しながら写真を撮りたい。時差がないほど近い隣の国であるのだから何度でも訪れたい。

 

 

蔵 真墨

2019 初春

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